「レジェンド」の行方

今月は、1週間のうちにLeah Chase、Dr. Johnとニューオリンズの料理界・音楽界のレジェンドが続けて亡くなったことを受け、New Orleans Advocateにこのような記事が出ました。

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非常にざっくり言うと、ここ数年「レジェンド」と呼ばれる人たちが次々と世を去っていく中で、今後ニューオリンズは新たなレジェンドを生み出して行けるのか、そのためには何が必要か、を問題提起しています。この記事、読み始めは正直「そんなナンセンスな…」という印象でした。

 

この「後継者問題」、確かにニューオリンズ音楽好きの人たちの多くが近年うっすら感じていると思います。私は料理界はよく知りませんが、音楽に関してはここ数年でAllen ToussaintFats Domino、Charles Nevilleなどレジェンド級の方が次々と亡くなりました。それに存命とはいえ100歳を迎えたDave Bartholomewや引退宣言をしたArt Nevilleをステージで観れることはもうないだろうし、今は現役でも、あと5年観られるかな…という年齢の方もたくさんいらっしゃいます。

なのでこの筆者さんの問題提起は解りますし、私自身もニューオリンズが今後も変わらず素晴らしいミュージシャンたちを輩出し続けて欲しいと強く思っています。ただ、彼らが必ずしも「レジェンド」である必要があるとは思いません。だいいちレジェンドって結果的に「なる」ものであって、意図的に輩出できるものでもないですし。私が「ナンセンスだな」と感じたのはこの点です。

 

それに現実問題、今後ニューオリンズ音楽界に「レジェンド」と呼ばれる存在が登場するのは極めて低いと思います。いくらTrombone Shortyが才能やカリスマ性を持っているとはいえ、一時代を築くような存在になるかというとちょっと考えにくいです。これは世の中の娯楽が多様化してるとか、ロックの殿堂やグラミーの有り難みが相対的に落ちているとか、何よりニューオリンズ音楽がある程度成熟してしまったとか、本人にはどうしようもない事情が理由です。今後ビートルズストーンズを超えるロックスターや、ボブ・マーリーを超えるレゲエミュージシャンが多分現れないのと似たような話です。もし今後ニューオリンズに限らず音楽界に「レジェンド」が現れるとしたら、例えばEDMとか初音ミク的な何か(すみませんこの辺り完全に疎いんで喩えが適切かすら微妙です…)みたいな最近まで存在しなかったジャンルか、長らく下火だったマイナーなジャンルからじゃないかと思います。もちろん、ニューオリンズ音楽もこのまま過去の遺産を食いつぶして一旦衰退し、数十年、数百年後に凄い「レジェンド」が現れて再評価される可能性もあるかもしれないけど、私はそれよりも「レジェンド」たちが築いてくれたものに確実に積み上げていって、ずっと素晴らしい文化や音楽を生み出し続けて欲しいです。

そして実は筆者さんの意図も、私の気持ちに近いんだと思います。「レジェンド」という言葉でミスリードされかけましたが、中盤からはとても共感できる内容でした。

 

要するに、Dr. JohnやLeah Chaseが世間からレジェンドと認識される前からニューオリンズ文化は存在し、彼らはその中で生まれ育ってきた。そして彼らを通じて突然外の世界の評価に晒されたニューオリンズ文化は、今後も「世間での人気」を物差しにしていたら多分衰退するだろう。彼らの遺産を受け継ぎ発展させたいのなら、これを読んでるあなたたちが、ニューオリンズにとって本当に大切だと思うものに時間とお金と労力をきちんと捧げていく必要があるよ、そうすれば、次の「レジェンド」は生まれないかもしれないけどニューオリンズの文化はきっと発展していくと信じているよ!と、かなり意訳ですがそういうことを主張されています。「レジェンド」って結局世間の評価に過ぎないんですよね。そんなものを追いかけても街の文化は発展していかない。当たり前なようですが、「後継者問題」を考えるにおいて、それこそ「レジェンド」たちの偉大さの前に見落としていたことかもしれません。

確かにDr. JohnもAllen Toussaintも、もちろんLeah Chaseも偉大だけど、たまたま彼らは(時代やらタイミングやらが味方したこともあって)外部に広く認知され尊敬を集めただけで、それより前からずっと、外の人たちにあまり知られなかっただけで同じくらい偉大な人はたくさんいたし、これからも出てくるはず。ただ今後、外からの評価を物差しにしてしまうとニューオリンズは道を見失って衰退してしまうかも。そういうことなのでしょう。

これは本当にその通りだと思います。そして一ファンとして、ニューオリンズには是非、外からの評価を物差しにせず街にとって大切なものを育て積み上げていくという選択をして欲しいです。

 

実際、いるんですよね。ここ数年続く訃報を受けて「ニューオリンズがつまらなくなった。もう終わりだ。」みたいに言う人たちが。言われた方も喪失感が大きいところへ、確かにニューオリンズは今後どうなるんだろう…と焦る気持ちも出てくるかもしれません。でも、あくまで私の感覚ですが、ニューオリンズは今でも最高に楽しいし全然終わってなんかいないし、第一そういうこと言ってる人たちほど大抵は「レジェンド」全盛期以降のニューオリンズを大してアップデートしていません。例えば私の好きな音楽ジャンルで言うなら、30〜50代くらいで新譜が出ればOffBeatにレビューされて、その年のBest of the beat awardsや、なんならグラミーのRegionalかBlues、Americana部門あたりにノミネートされ、ジャズフェスにもほぼ毎年出演、Maple LeafやTipitina’sクラスのお店にそこそこの頻度でブッキングされ、全米各地のフェスや時にはヨーロッパ・オセアニアあたりへツアーして…くらいの立ち位置の人たちをほとんど知らず、日本人だったらせいぜいピーターバラカンさんが紹介したものを少し齧ったくらいで「みんな亡くなって、今はもう大した人が出てこない」みたいに言うんですよね。

いやね、別に今の音楽を聴かなくてもいいんです。好き嫌いもあるだろうしみんな忙しいしファンも歳とるし、昔の音楽の方が好き、今の音楽まで追いかける余裕ないなど色んな気持ちや事情があるでしょう。でも、聴かないし知らないなら余計なことは言わんとってくださいって話です。「つまらない」は個人の感想としてアリかもしれませんが(まあアップデートしないならそりゃつまらんわな…なんですが)、「大した人が出てこない」とか「終わった」とか、何様なのかと思います。

私の知る限り、ニューオリンズで音楽活動をしている人たちは本当にニューオリンズ音楽を愛しています。「レジェンド」たちをものすごく尊敬しています。そして私のようなニューオリンズ音楽好きを、よそ者でもビックリするくらい温かく歓迎してくれます。同じ音楽を愛するそんな後継世代のミュージシャンたち、私には愛おしさしかないですよ。別に彼らの音楽を無理して聴けとか好きになれとは言わないけど(私だって好き嫌いの濃淡はある)、ロクに聴きもしないで「大したことない」って、同じニューオリンズ音楽を愛する人同士、もう少し敬意を持って接することはできないのかと思ってしまいます。

 

って、私がこんなところで愚痴っても仕方ないんですが。でもニューオリンズは結構健全に世代交代できつつあるんじゃないかと思っています。もちろん音楽を取り巻く環境に問題がないわけじゃないけど、それは今に始まったことじゃないし。

ニューオリンズの音楽が世界で評価されるのは素直に嬉しいし、「レジェンド」と呼ばれる人たちが今後も登場し続けるならそれは素晴らしいことです。でもそれだけが価値を決めるものではないし、「レジェンド」なんて存在しなくてもニューオリンズの音楽はこれからも彼らのペースで素敵なものをたくさん生み出してくれると信じています。今は色んな人を続けて失って辛い時期だと思うし、将来を案じるのは無理もないと思うけど、あまり外野の雑音は気にすることなく自分たちの街が生み出す音楽に誇りを持ち続けて欲しいし、そのために私ができることは、本当に些細だけど惜しまずやっていきたいなと思っています。